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Posted by ミリタリーブログ at

2017年08月21日

MAAG-VIETNAM になってからのお話し

さて、MAAG-VIETNAMとして再編された軍事援助顧問団はベトナム共和国軍への軍事訓練を開始します。

前回書きましたがフランスが撤退することになり
MAAGが主体となり軍事援助活動を始めますが
流石に急に「はい、今日から僕たちアメリカ人が教育しまーす」なんて無理で
1956年4月まで駐留可能なフランス軍に対して
「ちょっと手伝って」と言うことで
1955年アメリカが主導して駐留フランス軍と南ベトナムの間に「エリー・コリンズ」協定が結ばれました
この協定に基づきフランス統制下で引き継ぎの訓練が行われました。
しかしフランス顧問の数はMAAGの2/3に及ぶ217名が駐留しておりました
補給管理など後方支援体制がMAAG管轄なので
次第にMAAGの後方支援体制が悪化しました。
その大きな原因として「人員不足」が上げられます
その理由と言うのも
フランス敗退時に結ばれた「ジュネーブ協定」がありフランス遠征軍が撤退する中で米軍を増員する事は緊張感を高めるとしホワイトハウスとペンタゴンは最悪の事態を危惧しそれ以上の増員は難しいとされていたからです。


1955年末
フランス遠征軍の撤退も進んだ頃新たな問題が浮上します
「フランス軍が撤退の際、武器、装備を含む物資を大量に南べに引き渡した」
のです。
一見何の問題も無さそうな感じ...どころか良さそうな気がします....
しかしフランス人はベトナム人に対して補給管理を含む後方支援運用を訓練していなかったのです。
結果として欲しいものを欲しいように取る感じになり
めちゃくちゃな事になります。
(恐らくこの時ブラッシュパターンなど初期のARVNなどを代表するステータス装備がが大量にARVN空挺やBDQなどに渡ったと思われます。)

そしてさらなる問題も。
ディエム大統領になってから政治面ではディエム大統領反対のカオダイ教、ホアホア教の私兵団が政治を脅かすようになり、さらにその脅かされてる政治も腐敗し行政が悪化していました。
1955年11月18日O'ダニエル将軍は移動になり

ウィリアムズ将軍が司令官として着任します。
ウィリアムズ将軍は着任当初から
「後方支援組織の再編」
「フランス人がもうすぐいなくなる」
「ベトナム軍に散っていった物資の回収」
と山のような任務が待ち構えていまた...

TERMの編成図です。
各任務をセクション毎に分け管理する事で少ない人員での任務の円滑化を図りました。
そして...
1950-54年にフランスに支援した装備品でベトナム軍の部隊に出回った余分な装備を回収し使用可能なものは再度リスト化し同時にする
TERM 「一時装備回収任務」を編成しこれを実行します。
一時装備回収に伴い供与していた余剰装備品などを
得られたそうです。
(この時に回収したM1943HBTなどが大量にあった為MAAGのフィールドアドバイザーは改造HBTや60年になってもM1943を装備してる人が居るのかも??と思いました。)
そしてウィリアムズ将軍はMAAGの部隊増加をさらに求め4年間のうちに888名にまで増やすことを計画します。
そしてワシントンはジュネーブ合意を考慮した上で1960年までに685名までの間に増加させる事を約束しました。

1966年2月
ベトナムにレンジャー部隊(BDQ)が誕生します
BDQは北ベトナムに対してゲリラ攻撃を行う部隊として設立され
15人1チームで運用されました。
サボタージュやスパイ活動をする「特別行動ユニット」長距離偵察など情報収集をする「長距離偵察ユニット」がありました。
彼はらアメリカ本国のレンジャー訓練を受けており
非常に練度が高かったとされます。


南ベトナムで共産主義に対する反発運動が起き、ディエム大統領は立場を強化するために米軍の援助を受けるようになりました
それを機にベトナムの米軍事顧問への攻撃はより頻繁になりました1957年10月22日に、サイゴンのMAAGベトナムとUSISの施設が爆撃され、米軍アドバイザーは負傷しました。
1959年の夏、共産主義ゲリラはビエンホアのベトナム軍基地を攻撃し、数名のMAAG隊員が殺傷される事態が発生しました。
しかしディエム大統領はアメリカの顧問をベトナム軍と戦闘介入する事を嫌っていました。
彼は、アメリカ人がベトナム軍のと共に戦えば、米国がベトナム軍を支配したり、影響を与えるのではないかと心配していたのです。
そして増員された事もあり第77特殊部隊(77 SFGpグリーンベレーの元となった部隊)も特殊部隊のアドバイザーとしてナトラングでBDQ(ARVNレンジャー)などに対する訓練に参加します。
それはまた次回のお話し...

次回「MAAG NCOアカデミー開校」
よろしくお願いします。
  
タグ :MAAG-VIETNAM


Posted by jones at 23:44Comments(0)MAAG-VIETNAM

2017年08月14日

MAAG 1950-1955 仏領インドシナ に、ついて。

今日はみりたりーあしすたんすあどばいざーぐるーぷ
の1950年の到着時から対南べへの軍事援助部隊になる1955年までの話です。
アポカリプス、ベトベト、ちょいナムなど多くのイベントが有りますが
1つとして年代レギュレーションが被るイベントが無さそうな...
はっきり言ってサバゲ位しか戦う場がないユニットの
更に深い裏話です。
因みにMAAGってベトナムだけじゃなくて
MAAG-カンボジアやMAAG-タイ、MAAG-ラオスなど東南アジアの赤化を阻止するべく設立された部隊なのでベトナムだけにいた軍事援助顧問団では無いんです...
興味ある方に読んで頂ければ幸いです( ◠‿◠ )
インドシナ仏軍軍事援助顧問団 MAAG
1950-1955

1950年9月
トルーマン大統領の命令によりMAAGがベトナムに送られました。
(実はこの時点ではインドシナ駐留フランス軍への軍事援助のMAAGである為MAAG-vietnamではありません。)
彼らに課せられた任務はベトナムで戦うフランスを支援しベトナムの赤化を阻止する事でした。
しかしフランスを直接援助するにも大っぴらに出来ないのでMAAGの役員はサイゴンのオフィスに「私服」で勤務していました。

フレンチニキ「メリケンニキに装備とか支援して欲しい...」

インドシナ駐留フランス軍に対する支援は
当初1000万ドル相当の米軍装備品の支援で、その受払、使用監督をMAAGが担当していました。
その援助品には
M1カービン、M24チャーフィー、ダックハンターの迷彩服などが含まれていました。
そして...
ベトミン相手に悪戦苦闘するフランスに対する支援は急速に増加し1953年時点では3億5000万ドルにまで増加
フランス軍の装備はどんどん米軍の装備になっていったそうです。

1953年フランス軍の陣地は次々に陥落
ディエンビエンフーを陣地化し歴史的には1954年3月13日よりディエンビエンフーの戦いが始まります。
その間、1954年4月にスイスのジュネーブにおいて
平和会談が行われ、
インドシナ問題についてもベトナム民主共和国とフランスの間で議論が起こりましたが難航しました。
しかし1954年5月7日にディエンビエンフーが陥落しフランスの敗北が決まると
ベトナム民主共和国は自国の国土を主張し北緯17度でベトナムが南北に分断さDMZが築かれました。

(3億5000万ドルは吹っ飛びました。)


1955年1月よりベトナム国(南べ)に対する支援へと移行し始め
2月12日アメリカワシントンD.C
アメリカ国務省とフランス外務大臣の間で
これから行われる全ての軍事援助をベトナム国(南べ)に向けると合意。
さらに駐留していたフランス軍をMAAG指揮官ジョン O'ダニエル中将

の指揮下に編入しようと...したのですが
フランスとベトナム民主共和国の合意で1956年4月にはベトナム共和国(南べ)から完全撤退しなければならずO'ダニエル中将以下342名のMAAGメンバーと共にベトナム共和国に対するベトナム軍事援助をすることになります。
ベトナム国国長がバオ=ダイからゴ・ディン・ジェムが大統領になり国はベトナム国から共和制へと移行されベトナム共和国になりました。
そんな変遷の中、MAAGにも変化の時が訪れます。
1955年11月1日
正式にベトナム軍事援助顧問団
MAAG-VIETNAM
になりました。

ジョンO'ダニエル中将指揮下のもと342名のアドバイザーがベトナム共和国に対する軍事援助を開始しました。
この時点をもってMAAG-VIETNAMはM1943 HBTユニフォームやM1947 HBTユニフォームに身を包み南べへの軍事顧問活動を実施していきます。
果たしてMAAG-VIETNAMはARVNと打ち解けあい
ベトナム共和国への軍事援助はどうなっていくのでしょうか?
まだまだまだ続編が有りますのでよろしくお願いします..._φ( ̄ー ̄ )  
タグ :MAAG-VIETNAM


Posted by jones at 19:10MAAG-VIETNAM

2017年05月29日

ベトナム戦争と軍事顧問達

おはようございます!
久々の更新です(^^)

今回から僕の主要研究分野の軍事顧問とベトナム陸軍
をテーマに歴史とその当時のスタイリングを掲載していきたいな〜と思ってます。

1950年9月から1972年までベトナム国-ベトナム共和国軍と生活を共にし前線を戦い抜いた...
映画でも小説なんかでもLRRPやSOGが主役ですが
影の立役者と言いますかそんなアメリカンアドバイザー達の歴史を追っていきます。

装備なんかは人気が無いのは百も承知ですが
神秘主義でありMACV をめちゃくちゃ困らせた
ド派手な装備なんかはこれから広まって欲しいと思ってます


MAAG - MACV
1950年-1955年 1962年-1964年
1955年-1960年 1964年-1966年
1960年-1965年 1966年1968年
1968年-1972年

こんな感じでMAAGとMACV の歴史を追っていきます!
ベトナム戦争への歴史背景なんかも書きますので是非読んで頂きたいです


それでは!( ✌︎'ω')✌︎
  


Posted by jones at 09:46Comments(0)

2017年04月07日

フライトグローブ GS/FRP-1 について

こんばんは!
今日は地上部隊で使用されたGS/FRPグローブについて考察します。
GS/FRP-系のグローブは湾岸、初期アフ等でも人気がありますしBHDやソンタイレイダースが使用していた事から特殊部隊が使用すると言ったようなイメージも有ります。
ナム戦メインの記事ですが早速考察していきます。
SOGやレンジャーでも使用例の有るフライトグローブですが果たしていつ頃に生産されたのか...と言う事で装備を組む際に非常に気にしておりました。
現物が手に入ったので調べる気になり調べてみました。



今回手に入ったのは1969年予算で生産された
GS/FRP-1 グローブです。

左からGS/FRP-1 GS/FRP-2 GS/FRP-2TA
になります。
GS/FRP-1 の革は白っぽい物もあるのですが
今回買った個体は割とグレーでした
しかしアラミド部分のグリーンがOD系でとてもかっこいいですよね!

さて本題に移ります。
このフライトグローブいつから生産されていたのだろうと割と昔から気になり続けていまして
調べてみました
結果
「不明」
ええええええええええ...
ってかGS/FRPって「グローブ サマー フライト....」的なものだと思ってたのに
GS/FRP-1 っていうフライトカバーオールも有るし
GS/FRP-2(グローブ)よりも先にGS/FRP-4って言うフライトカバーオールも出てるし
もうわけわからなすぎて混乱です。

あるアメリカのサイトでは「旧型(FRP-1 )は70年になってようやく若干数が確認出来る」との事です。
もし1969年予算品が1stロットで
1970年から徐々に生産されて前線に送られたとしますと1973年には撤退してしまう在ベトナム米軍の陸軍がつかうとなりますと
ナム戦での使用はかなり局限されますし
そもそもフライトグローブであり
航空機搭乗員や従事者の装備なのでソンタイのような特殊作戦で無い限りは微妙なのでしょうか?
まあなんやかんや言いつつSOG装備で使わせて頂くのですが( ̄∇ ̄)

もし1stロットなんかの詳細をご存知の方がいらっしゃいましたら教えて頂きたいです。
XM37/61フラグマコードよりも情報数が少ない...気がします。

今日はこの辺で...( ̄◇ ̄;)ノ  


Posted by jones at 20:34Comments(0)

2017年03月27日

ライトウェイトリュックサックを使いこなせ!

コンニチハ(´⊙ω⊙`)
今日はナム戦装備の登竜門 「各種リュックサック」の使い方を考察していく記事の第一弾というところで
その見た目と作り込み、なんか立派な感じから
素人からプロまでなんか高く値段をつけてしまいそうな....
「ライトウェイト リュックサック」
僕も苦労して入手しました( ̄◇ ̄;)
今日はライトウェイトラックサックについて書きます!
以前何たらかんたら書いたのですが
Twitterなのでつぶやき程度でした...
なので真剣に纏めます\\\٩(๑`^´๑)۶////

ライトウェイトリュックサック(以下ライトウェイト)はそもそも寒冷地用の装備でしたが
その容量の大きさと汎用性が高かった為に一般部隊で非常に多くの使用例を確認出来ます!

ライトウェイトについて考察していきます!

ライトウェイトの利点!

1.縦に長くアルミ製のフレームを主体にしているので
背負いやすく重量物も楽に運べる

2.とにかく積載量が多く個人用の野外宿営資材なら普通に積載できるほどのキャパシティ!

3.ストラップやサポートシェルフを組み替えることで個人用品から弾薬運搬、無線機までも積載できる
汎用性の高さ!

4.リムーバルバックルが有るから下ろしやすい、緊急時に破棄しやすい
それも左のショルダーストラップにしか
ついていないので次に背負う時に背負いやすい

と..沢山出てきますが
少なからず悪いことも有ります。

ライトウェイトのマイナスポイント

1.重量物運搬を可能にする為に縦長になった分、機能発揮の為には腰に装具を装着出来ない。

こんな感じになります。

2.伏せれない
思いっきり伏せるとヘルメットとフレームが干渉して頭が上がらなかったり積載物の重さで起き上がれなくなります。

3.破棄するのにとてつもない勇気が必要
生活用品等を山盛りのライトウェイトを破棄すると残るのはせいぜい...アモポーチx2
水筒x2 ファーストエイド....くらいでしょう...

と、3点ほどしか出ませんでした
一見なんともなさそうに見える所も有ります。

作戦を狂わせる可能性を秘めているのも事実です。

なのでライトウェイトを背負っている状況は
1.安全化が図られた経路を後続部隊が移動している。
2.航空、車両輸送部隊がそれ程存在しない、
またはそれらが侵入不可能な場所への徒歩侵入

3.FOB(前哨基地の無い)展開地域への新規侵入する先発部隊

と例をあげるとこの様なかんじです。

例外と言えば
まれにレンジャーやLRRPでの使用もかくにんされます。

おそらくですが
PF(パスファインダー(降下誘導ユニット))
や長期潜伏するRECN(偵察)がメインかと思われます。
先程のライトウェイトのマイナスポイントも有りますがその辺の歩兵とは違い遊撃、潜伏、偵察、等のスキルを付与されているので話しは変わってきます。
偵察の一例としては
安全な集合地点というものをあらかじめ決め
そこに荷物、警戒員 なんかを分散して配置

複数のセクションで偵察に出発しまた戻り敵の配置等を地図に記載と言う手法を使えばライトウェイトを装備していても問題ありません。
ただ敵地に浸透する、遊撃する場合は予期せぬアンブッシュなんかがあるのでライトウェイトは向かないかもしれません。
そうなるとライトウェイトのようなフレームパックよりも普通のリュックがいいのかもしれません。

その状況で使い分けることが大切です。
いかに使い分けるかがリアリティ向上になると思います!

またトロピカルリュックやLRRPリュック、ARVNリュックについても逐次書いて行く予定です!

これからナムシーズンですのでイベントに行かれる際の参考になれば幸いです!

今日はこの辺で失礼します。

ありがとうございました!  


Posted by jones at 22:13Comments(0)

2017年02月11日

考察!補給と兵站、個人装具の支給について


こんにちは!
めちゃくちゃ寒いですね。
所によると雪が降ってるそうです...

今日は「個人装具の補給についての考察」
です。
リエナクト始めようと思ってる方には是非一緒に考えて頂きたいです。

この画像1967年の画像です。

この画像も1967年の画像です。

1枚目の画像はユーティリティを着ています
2枚目はジャングルファティーグを着ています

こう言う画像有りますよね
1969年なのに〇〇装備してる〜〜
みたいな...
正解は無いのですがここからが考察になります。

ユーティリティユニフォームとジャングルファティーグ。
勘違いされやすいのですがユーティリティは本国で使用される汎用戦闘服で
ジャングルファティーグはベトナム等の熱帯で使用する為に開発した局地用の戦闘服です。
なのでベトナムに派遣される時に支給されます。
基本はユーティリティという事です。
しかし急に増強された在ベトナム米軍全体に新型の装備、何十万着もの服とブーツを支給出来ません。
となると
前線部隊や空挺、特殊部隊と言った戦闘部隊をメインに支給します。
後方部隊は更新が遅くなります。
しかし前線部隊も戦っているのでファティーグが破れた、ブーツが壊れたなんて事も起こります。
そうすると前線部隊だろうが物がなくなると
ユーティリティを着るしかありません。
こうなるので将兵は大切に装備を補修して使用します。
実際1stパターンや2ndパターンのジャングルファティーグは補修された物が多いように思えます。

立ってm16を構えている中央の人はユーティリティパンツを履いていますが周りの人はファティーグを着用しています。
この様に戦争初期では破れやすいのか破れて着れなくなったのかは分かりませんがユーティリティパンツを履いている写真が結構有ります。

戦争後期の写真ですが2ndパターンジャングルブーツを履いています。

1968年には4.thファティーグも生産され始めます。
がこれも勘違いされやすいです。
1966年に生産された、1968年に生産されたからといってその年から全部隊に完全に支給されません。
部隊には在庫というものが有ります。
大切に保存していた2ndパターンジャングルブーツ、3rdパターンのファティーグが沢山あるところに
4thパターンのファティーグが来ます。
すると4thパターンをちゃんと確保できるまで
旧型を支給するなどして上手く部隊に回す事も有るみたいです


ワンスアンドフォーエバーで有名になった
ハルムーア中佐とプラムリー上級曹長本人です。
ハルムーア中佐の方が階級上なのに
プラムリー上級曹長がジャングルファティーグ着てるよ...
これは様々な理由が考えられますが一つに
プラムリー上級曹長は下士官ですが
上級曹長ともなれば人脈は非常に充実してる筈です
そうすると需品係などの被服を支給する担当の元上司で「プラムリー上級曹長!新しい戦闘服来てますので持って行ってください」なんてのも考えられますし
単純に上級曹長なので序列的に受け取っている可能性もあります。
どちらにせよムーア中佐はファティーグを受け取っている可能性は有りますので多分この写真の時はたまたま着ていないだけだと言うのが妥当ですかね?


装具に関してです。細かなパターン、M1956、初期型、後期型、などは特に気にしていなかったと思われます
なぜかと言いますとM1956/61はどちらもベトナム戦争が本格化した時には完成していたからです。
なので細かい装備の新旧はそれ程気にする事では無いと思います。


最後になりますが
普通の下士官、兵卒はリエナクターのように装備なんてほぼ選べません。
支給されたものを言われた通りに組んで言われた通りに行動すると言う事みたいです。

この様に補給とは非常に複雑な物で
中には需品係の私情、階級なんかも絡む場合が有ります。
先ほども述べたようにM1956初期型だ!なんて言うのは気にしなくて良いです。
ただファティーグやブーツはベトナム戦争に沿うようにして開発され戦争期間中に何度も改良されていますので考察する必要はおおいに有ると考えています。
考察する時はその時々の状況や部隊の特性、その人の階級もよく見て考察すると良いと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
それでは今日はこの辺で!  
タグ :ナム戦装備


Posted by jones at 14:22Comments(0)

2017年02月04日

黒染めSOG


こんにちは!
久々にSOG の記事を書きます。

おさらいです SOG スペシャルオペレーショングループ 研究実験グループみたいなデマが回ってますが()ウソです。特殊作戦群です。

で、ですね1967〜68年頃のSOG で黒い服がポツポツと見受けられます。
コレはベトコンに偽装しただとかなんとか言われますが
真相は不明です。

黒い帽子はSFG (グリーンベレー)のトレードマークなのかナム戦で結構見受けられますね。

装備までつけて上下で着てるのは単なるプロパガンダ写真(かっこいいから撮ろう)みたいな感じに見えます。
でも心の中では「黒服をきた特殊部隊群がベトナムの密林に浸透して〜」なんて考えちゃいますしそうであって欲しい!なんて....
まさにロマンの世界。
かっこいいなぁ..
SASの黒い戦闘服もカッコもかっこいいです。
特殊部隊=黒服!みたいな...
よしやろう。
と言ったところで今日の本題です。

以前中田のタイガーを黒染めしましたが何やら若干ビミョーな感じになっちゃったので高級なEA製のCISOユニフォームを使用して再現します。

先ず脱色した方が食いつき良くなるんじゃね?
と言う謎の先入観でその辺にあったら適当なハイターをぶちかましたらとんでもない色になりました。
出鼻をくじくとはこの事か。


中々ええ色ちゃう...?(心の声)

染料はお家でも染めれる初心者にも優しい

ダイロン プレミアムダイ


ダイロンカラーストップです。


裏の説明書きの通りに混ぜては寝かせを繰り返します。

(1時間放置)
カラーストップを入れてまた混ぜて

すすいで終了!

真っ黒!乾いても大丈夫そうですね!

コレに装備を合わせます。

銃は1967年と言う事なのでXM177E1です。
ホントはスウェディッシュKが良かったのかな..?
後リュックはCISO製の初期型です。(キャパシティ良すぎてびっくりです。
ポーチ類もCISO製を混ぜて官給品にはステライル(USの文字がハッキリしているものは消しました)しました。
変な色のガムテープも本格投入してみました。
やっぱ変な色だわ。
後はcrackerさんに作って頂いたキャンティーンキャップフィルターですかね!
ナイフはK-BARナイフです。

で着てみるとこんな感じです。

あ、あとチラ見させてるCISOマチェットも中々気に入ってます。

こんな感じでいかがでしょうか?
初期SOG のステライル(国籍を隠す)に気を使ってよくわからない格好になるこの感じ!
でもお世辞にも簡単!なんて言えませんし自分ももっとお勉強しないとダメです...
久々に楽しいコスプレでした
次回は検索ワードで僕のブログに辿り着いた一番多いワードをネタに書きたいと思います!

それではサヨウナラ!
  


Posted by jones at 17:17Comments(0)

2017年01月25日

2ndパターン ジャングルブーツ レプリカ

先程の記事で2ndパターンTCUのレプリカは有っても
2ndパターンジャングルブーツのレプリカが無いやないか!
と、思われた方も多いと思われます(-.-;)y-~~~
そ、そうなんですよね。
でもめちゃくちゃ拘らないのでしたら
一つ策があります。


こちら。
中田商店のジャングルブーツ(パナマソールですが..)のくるぶしの補強を糸を切って帯を根元で切り落として靴紐を米軍の官給品に変えただけのなんちゃって2ndパターンです笑

並べるとそんなにヒケを取りませんねΣ('◉⌓◉’)
なかなかの出来!(自己満です...)
コレで中田のユーティリティを着ようが2ndパターンTCUを着ようが全く問題無しになりました!

加工は簡単
リッパー等で帯上の縫い目を切っていって最後にハサミで綺麗に切り取るだけです!
最悪の場合
ハサミさえあればなんとかなります!

めちゃくちゃこだわる方には申し訳ありません...
ただこれで雰囲気も上がるかも!と思いまして...

ま、まあ!こんな改造もしてみてもいいかも知れませんね!
一例として紹介してみました
それでは!(^O^)  


Posted by jones at 15:46Comments(1)

2017年01月25日

ナム戦 米軍歩兵 究極マニュアル!in1967

お疲れ様です。
今回はスタイリングマニュアルシリーズ です
ナム戦ヒストリカル「ベトベトしま戦か?」
の設定が1967年のジャンクションシティー作戦という事で
あくまで一例として
1967年の在ベトナム米軍の師団、連隊の歩兵科の装備 を紹介します。
先に述べておきますが
これじゃなきゃダメというわけでは無いです
こんな感じで組めば〜こんなアイテムがあればーと言った感じで
参考程度にしてください!

1967年と言えばライフルがまだ完全にM16 になっていなかったり
予備も含めて完全にファティーグが支給されていないのにジャングルブーツは完全に支給されたり
カラーのネームテープやSSIがサブデュートになったり...
ちょっぴりカオスな時代です。

まず写真を見ていきましょう




こんな感じです。
時代考証としては
2nd、3rdファティーグが入り混じり一部や後方などではユーティリティが使用されていたりします。
ジャングルブーツは3rdか2ndかです。
ただジャングルブーツもファティーグも67年ちょい前に開発されたものですので全員着用出来ているわけでは有りません。

M16 も完全に更新されてませんのでごく一部でM14の使用が確認されます。


個人装備、M1967はまだ出来立てですので
使用できません。

それを踏まえた上で装備を組んでいきましょう!

先ずは大事な大事なヘルメットです。
M1を使います。
ヘルメットカバーを被せましょう

このようにタコ足を均等に引っ張って中心に向けて押し込んでいきます。

ある程度馴染ませたらカモフラージュバンドを上から被せていきます
するとハリが出てソコソコ綺麗になります。

横っちょを伸ばしてシワをとっていきます。

最後にライナーを入れて

完成です!


続いて装備を組んでいきます
先ずM1956アスバックを膨らませます。
当時
アスバックはレーションや嗜好品、必要な私物を入れていましたが容量不足だったので皆さんなかなかパンパンです。まん丸く膨らませるのもアリですが
せっかくなので...

装備が送られてきて毎度行き場を失うダンボール君を活用します。

こんな感じで四角く折りたたんでカチカチ()にします。
そして要らない新聞紙やらなんやらで膨らませたアスバックの好きなところに固めた段ボール君を添えます

僅かですがフタ部分が段ボール君の働きで四角く浮き出ています。
何なのかはわかりませんが私物が柔らかくて膨らむ物ばかりではなく
何かしら(お菓子の箱、本、など)も入っていると言う想像でやって見ました。
こう言う変化を見せるのも良いと思います。

気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが
アスバックに端末処理を施してます。
ミリフォトをよく見るとわかると思いますが
〜70年代位までの軍隊の兵士というのは規律や身嗜みと言うとこを非常に重んじていました。
兵士としてヒモをブラブラしてるのはだらし無いと言うのが偉い人が言う文句でホントは端末をダラダラさせると木や小枝に引っかかったりして音がなったりしますのでそう言うことも防げます。
使わない、又は長く余ったストラップは纏める等の処置をすればより一層リアルに見えますよ!
アスバックはこの辺で
アムニッションポーチを付けます。
その前に...
ピストルベルトに付いている縦長の黒い棒
「ベルトキーパー」を活用します。
コレを一本サスペンダーの金具に隣接するように持ってきます。

この赤矢印の所で「ベルトキーパー」を挟むようにアムニッションポーチを取り付けます
すると...

このようにベルトキーパーの働きでダブルの部分のベルトがダレずしっかりと組めます。

最後にストラップを取り付けて取り付けは終わりです!
プラスαでグレネードを付けたいと思います。

つける位置はココ

セーフティレバーを赤丸の位置に通して
ストラップをセーフティピンに通して後ろのボタンで留めればokです!

続きまして
キャンティーンカバー&キャンティーン
です
M1956をベトナムバージョン(トレンチングツール外してキャンティーン1コ増設)で組むとM1956キャンティーンカバー、とキャンティーンが二つ必要になります。
これは当時の上層部からの通達なので全員が二つもしくはそれ以上のキャンティーンを持っています。

一つにはこのようにキャンティーンカップがあると
カバーに入れた時のシルエットが違って見えますのである人はオススメしておきます。
キャンティーンはコレで大丈夫です。

後はファーストエイドポーチを好きな位置(取り出し易い位置)に配置して完成です!


こんな感じに組めればokです!

続いて被服です

67年でメジャーな2ndパターンTCUです。
中田商店から非常に出来の良いレプリカが販売されましたのでこだわる方はオススメです。

続いてブーツです

67年は2ndパターンを20万足生産しトロピカルブーツが全部隊に行き渡った(と軍は言ってます)年ですので2ndパターンを使用するのがベターです。
ではでは
靴紐を編みましょう。
今回はブーツインの方法です。

あくまで例ですがこうすると見栄えが...良いです笑
と言うのは文句で編む方向を一定にしておくと
歩く際に足の甲にかかる負担が分散されるのです。
見栄えがいいし(うるさい)

シッカリではなくピッタリ(ブーツの取説曰く)編むと良いそうです。
僕は最後は本結び派なので本結びにしてます

靴紐の端末があまりすぎる場合は足首に一巻きしても良いでしょう!

完成形はこんな感じで!

...
ベルトを締めてODのシャツを着て...
ドッグタグに遮音して...

下地はこんな感じです!

そこにさっき組んだ装備を合わせて...

このようになりました。
サスペンダーの長さですがちゃんと合わせるのでしたらお腹より若干下位の場所にベルトが来るように合わせればokです。

武器はM16がオススメです。
67年ごろのM16はロアーレシーバーが少し違ったりしますがマルイのやつかG&Pの奴で大丈夫です。

これで1967年の歩兵が完成しました!

後はお好みでマガジンバンダリアを付けたり
クレイモアバッグを使ってみてください!



長いのに最後まで見てくださってありがとうございます!
ライトウェイトは要らないの?と思われるかもしれませんが
要りません。行軍用なので戦闘で使用するのはLRRP 、レンジャー位ですしどちらにせよ戦闘時には下ろします。


実際に戦闘でリュック背負って戦ってる人はホントに少ないです。(RTO等を除く)
あくまで参考にして頂ければ幸いです!
それでは!( ̄^ ̄)!  


Posted by jones at 15:35Comments(2)

2017年01月24日

ナム戦で使えるトラウザーズベルト

おはようございます。

ナム戦で使えるトラウザーズベルト
と言う事で
どんなものが使えるのかを紹介します


この三つです。
黒いのは60年代後半から80年代まで使用された物です。
上二つがオープンバックルと呼ばれるもので
一番下のやつがGIバックルと呼ばれるタイプです
何が違うかと言いますと
オープンバックルは野戦用
GIバックルは制服や式典での時に使う物なので
戦闘時に使うものでは有りません。
山中のオープンバックルは1964年から撤退まで使用可能
黒い奴は1969年ー撤退まで使用可能です。
個人で黒く塗ったやつなんかも存在するので一概にダメとは言えませんが
新しく買うなら真鍮のオープンバックルを使った方がいいと思います。



ベトナム戦争では様々なトラウザーズベルトが使用されました
南ベトナム製の物やPXの物、そして
GIバックルも戦闘で使用されています
一概にこれが正解とは言えませんが
教範的に言いますとコレが基本なので紹介させて頂きました!!

番外編
A7Aストラップ


特殊部隊隊員が好んで使用したとされるA7Aストラップです。
A7Aはスターボハーネス、マクガイアリグ、ハンソンリグと特殊部隊を支えたストラップでそれをトラウザーズ用のベルトに使ったそうです。
今で言うリガーベルトの先駆け的な物ですね。  
タグ :ベルト


Posted by jones at 09:46Comments(0)