2016年02月13日

ソンタイレイダース 歴史編 第2章 レイダース空の旅

前回のあらすじ

ソンタイ捕虜収容所から捕虜を救出すべく空軍准将ルロイ・J・マナーの下で219名の精鋭が立ち上がった
彼らは1970年8月8日から10月18日までの間訓練を積み重ね、いよいよ突入作戦の開始が見えてきた頃
キッシンジャー大統領補佐官の補佐官、ヘイグによって作戦の遅延が提案され可決されてしまった!
果たしてレイダースは無事にソンタイ捕虜収容所から捕虜を救出出来るのか!?




主な登場人物















〜第2章〜
レイダース空の旅

10月18日に作戦の遅延が決定されてから1ヶ月後
プランナーやレイダース達は更に練度を増し
マナー准将とシモンズ大佐はタスクフォース77の司令官と会談し海軍の力を借りるべきだと助言をもらい、早速海軍中将フレデリック・A・バードシャーに航空機を陽動任務に、そしてもしもの時は航空救難機も出して欲しいとの趣旨を伝えます
まぁもちろんOK。
海軍中将に座乗艦USSアメリカ


まで来いといわれ行く空軍准将


陸軍大佐

ってなんか面白い笑

その後は
前方警戒赤外線暗視装置 FLIR

※イメージです

も入手出来、態勢を整えます、実はその間オキナワ〜タンソンニャット間でC-141を使って作戦で使用するヘリコプターや物資を1日1回の飛行で地道に輸送しています。
この理由としては作戦の企図を隠蔽しその兆候を察知されない為と思われます。

1ヶ月後の 11月18日、アイボリーコースト作戦実行の許可がリチャードニクソン大統領から下され

レイダース、パイロット含む本隊はその翌0300にタイ王国空軍基地ウドンへ管制気象官、プランナー達の一部は南ベトナムのタンソンニャット空港へ。
海軍の艦載機も態勢を整えます。

レイダースは無事にタイのヘリコプター中継基地を経てタイ王国空軍ウドン基地に到着します。

ココからレイダースは各小隊で行動します。
ブルーボーイ リーダー メドウズ大尉
以下14名

グリーンリーフ シモンズ大佐
以下20名

レッドワイン レイダースリーダー エリオット中佐
以下22名

56人のレイダースは出撃する為各装備を整えます。

ハシゴ。

もう一度地図をみてるんですかね?

左がシモンズ大佐。


ここからは少し覚えておいて頂きたい事を書きます
ココからの話はこのコールサインを参照しながら読んで下さい。

アイボリーコースト作戦において襲撃部隊に直接関与した航空機のコールサインです。



C-130E コンバットタロン 2機

チェリー 01〜02
任務:空中コマンド、電子戦、ターゲット探照



HH-53C スーパージョリー 5機

アップル01〜05

アップル01 グリーンリーフが搭乗
アップル02レッドワインが搭乗
アップル03 ガンシップとして対地支援
アップル04〜05 救出した捕虜の搭載


HH3-E ジョリーグリーン 1機

バナナ
ブルーボーイが搭乗、ミニガンを搭載


スカイレーダー 5機

ピーチ01〜05
中〜低空でのチームの直接的な対地支援


F-105 サンダーチーフ "ワイルドヴィーゼルⅢ" 5機

ファイヤーバード01〜05
地対空ミサイルサイトや対地目標に対しての専門的な攻撃(撤退時には対空警戒網に発見されてるであろう予想から空対地攻撃で時間稼ぎする予定だったそうで。)


F-4D ファントムⅡ 10機

ファルコン01〜05 11〜15
01 02 03 04 05 11 12 13 14 15にしているのは混信してしまった際聞き取りやすい様にと考えられます。

高々度での対ミグインターセプター パトロール

このコールサインを覚えておいて頂きたいです。
ここからめちゃくちゃ出てきます。



〜作戦開始〜
1970年 11月20日 2200 チェリー02がウドン基地より離陸、飛行ルートの開設を行います。

2225にタイのナコンパノム空軍基地からピーチ01〜05が離陸します。

2310にウドン基地から強襲部隊を乗せたバナナ、アップル01〜05が離陸、

続いてチェリー01が離陸するのですがエンジントラブルにより23分遅延して2318に離陸します。
これをうけてチェリー02のパイロットは飛行計画を
なんとか調整して支障のないまでに計画を取り戻します。

そのごC-130ハーキュリーズ(コールサイン
ライム01〜02)を呼び出し空中給油を行いながら

タイ〜ラオス間を横断します。

ラオスに進入し最後の給油を終えた時点で高度と速度を下げます。
そして横隊で飛行していたヘリコプターも
チェリー01を先頭に突入隊形で飛行します。

先導するチェリー01こと
C-130Eは後続のヘリコプターに速度を合わすべく失速寸前の速度で飛行します。
C130にとって105kt(194㎞)で飛行することは飛行用レーダーとして搭載されている
APQ-99対地回避レーダー、ドップラーレーダーに支障をきたしていました、検知しなければならない危険な地形を検知せずまた、ジャングルの高い木々は高度を錯覚させかなり危険な状態での飛行となっていました。それもそのはず。各レーダーの最低検知速度は160kt(300㎞)と設定されていたため機長の感が頼りでした。
中でも唯一役に立ったのはヘイグがイチオシしたFLIR 前方警戒赤外線暗視装置だったそうです。
ヨカッタネ。

編隊は最後の難関に差し掛かります。
それは北ベトナムの周辺約30マイルに張り巡らされた対空警戒網です。
ここさえ突破すれば勝ち組。

その頃海軍機 A-7コルセア A-6イントルーダ59機、空軍機57機は陽動の為北ベトナムへ向かっていました。

〜対空警戒網突破!〜

チェリー01匹いる襲撃部隊がレッドリバー渓谷に進入しました。
そこから13分対空警戒網に露出した襲撃部隊は対空ミサイルガイドラインかミグインターセプターの餌食になるかは賭けでしたがそれを阻止すべく同時に海軍機、空軍機が北ベトナム沿岸の対空警戒網に突入します。
海、空軍機は北ベトナムの市街地上空にありったけのチャフフレアを発射し、それに加え地対空ミサイルサイトを多数撃破、この事かから襲撃部隊は警戒網に発見される事なく捕虜収容所襲撃の最終ポイントへたどり着きます
ここまでくればあと12分の辛抱。
徐々に本番は近づいて来ます。

残り数キロに差し掛かった時チェリー01のパイロットは45秒しっかりとカウントしました。
この45秒で襲撃部隊は突入隊形に移ります。

45秒後ブルーボーイを乗せたバナナ(HH3-E)がソンタイ捕虜収容所を確認、突入します。

それをサポートするアップル03(HH53E)も後に続きます、それを確認したチェリー01は速度を上げ高度を急上昇させると共に照明弾を4発発射、それに反応したピーチ01(スカイレーダー)がナパームグランドマーカーを投下
続いてアップル03がソンタイ捕虜収容所の監視等に70mmロケットガンを発射しミニガンによる掃射を行い、直後の0219にバナナが急降下しソンタイ捕虜収容所の中庭にハードランディング

戦いの火蓋が切って落とされた...
果たして彼らの運命やいかに!!!?
続く...






  


Posted by jones at 16:15Comments(4)

2016年02月13日

ソンタイレイダース歴史編 第1章 集えレイダース!!

主要登場人物

空軍指揮官 ルロイ・J・マナー准将


陸軍指揮官 アーサー・D・シモンズ大佐


SFG指揮官 ドナルド・D・ブラックバーン准将


攻撃チーム指揮官ディック・メドウズ大尉



第1章〜集えレイダース!!〜
作戦立案から訓練まで。



アイボリーコースト作戦は米軍統合参謀本部長の指揮下で行われる米軍の歴史上初の統合作戦でした。

1968年から米軍はベトナム戦争における自軍の捕虜の救出に着目していました、中でもソンタイ川周辺の捕虜収容所と見られる施設にはおおよそ55名の捕虜がいると航空偵察で撮られた写真を分析し目星をつけていました。
この事から捕虜救出作戦立案概要は同年5月9には纏っていました。
少なくとも早急に救出しなければならないことは確実だったと言えます。
救出作戦の言い出しっぺ陸軍指揮官 ブラックバーン准将はソンタイ捕虜収容所から全ての捕虜の救出を提案します。
この事から空軍指揮官マナー准将はアール・G・ウィラー中佐の指揮下で15名のプランニンググループ
コードネーム「ポーラ リージョン」を発足しました。

一方陸軍のメンバー選びを任された
シモンズ大佐は特殊作戦群に対し志願兵を募集し
500名の志願兵の中から103名を選び出しました。
彼らの大半は6th〜7th特殊作戦群でありノースカロライナのフォートブラックに駐留していました。
それと同時にUSAFでもエアクルーの補充をしていました。
空軍基地で優秀な成績を残している整備員や
スカイレーダーやヘリコプターのパイロットで戦場に出た事のある一級のパイロットばかりを選抜し、
空軍からは116名を選抜しました。

空軍も陸軍も出来るだけベトナムの戦場を経験していたり熱帯での訓練を受けた事のある者を優先して選びました。

そして103名の陸軍SFGメンバーと116名の空軍メンバー、計219名の優秀なメンバーを持って共同作戦が始まりました。

空軍のプランナー達は先ず夜襲に最も最適な気象パラメータを分析すべく天候気象の研究に移ります。
そして彼らが導き出した作戦に最適な環境は

「地平線より上に下弦の月が35度4分の位置に出ている日」
と言うのが最適の条件だったそうです。

もう一方のプランナー達はソンタイ捕虜収容所の精密な模型の作成に着手します。
SR-71ブラックバードや衛生偵察により手に入れた写真などから作成された模型「バーバラ」は衛星偵察、多岐にわたるブラックバードの出撃費用、作成費用合わせてなんと600万$(;^_^A
イカれてやがる...

↑これがその600万$のバーバラさん。
隣のパイロットさんが偵察したのかな?
ちなみにサイズは152cm×152cmなので余裕がある方は作ってみてはいかがでしょうか?

そんなこんなで作戦に必要な装備や情報が整ってきてようやく8月8日、エグリン空軍基地のデュークフィールドを使用して本格的な突入訓練が始まります。

先ずチーム分けがされました。
アサルトチーム 「ブルーボーイ」
コマンドチーム「グリーンリーフ」
サポートチーム「レッドワイン」
↑これ覚えておいてください!
あとあと出て来まくるんで!(;^_^A

訓練施設を歩くブルーボーイリーダーのメドウズ大尉。


デュークフィールドには模型バーバラから得たソンタイ捕虜収容所からその周辺の建物の配置を布と木で再現しています。
なぜ布と木なのか?
これは不必要に手榴弾を投げたり銃撃したりすると貫通弾がいつでも仲間に当るんだぞ!ということを思いしらす為..らしいです。
という事は実弾で訓練してたって事!
怖えぇ....

しかも24時間に一回上空を偵察してくるソ連の偵察衛星から隠すために使っては建て、またしまってを繰り返していたそうです...
そして訓練続ける事約2ヶ月、9月28日の夜に当日と同じコンディションを再現して訓練する、リハーサルを行います。

使用機体

UH-1H ヒューイ

ヒューイに乗り込んだレイダース達は当日と同じ5.5時間もかけて、687マイル(約1160キロ)を飛行し訓練しましたが問題発生、ヒューイの座席ってパイプにハンモックみたいな形で布が貼ってるだけなので足が痺れてレイダース達が皆んなヨタヨタ、しかもUH-1Hにフル装備のレイダースを乗せると最低でも4〜5機が必要でそれを見たシモンズ大佐は
ヘリをUH-1H

からHH3-E

に変更しました。

その後訓練は大詰めを迎え10月、マナー准将は実行日として10月24日を提案しましたが大統領が不在だった為、大統領補佐官のキッシンジャーがその内容に対し勧告をし、キッシンジャーの補佐官であったアレクサンダー・M・ヘイグが任務の遅延を提案します。
理由としては航空機の暗視装置「FLIR」の完成を待ち搭載してからの方が良いという事、追加のトレーニングが出来るという利点がありました。
しかし機密性の低下というデメリットもありました。
ちなみにヘイグはベトナム戦争の激戦を指揮官として経験していた人物で
まぁこの人が言うなら仕方ないか、的な感じだったのでしょう。
果たしてレイダースは襲撃を成功させられるのか!?

続く

  


Posted by jones at 00:34Comments(0)